給与から天引きされる厚生年金・健康保険等の社会保険料は、毎年 4・5・6月の平均給与(残業代、通勤費等込み)で決まる標準報酬月額が基準です。
ここを抑えれば、9月から翌年8月までの1年間、会社・従業員双方の負担が下がるんですよ。
今回は企業向けに節約スケジュールと実践ガイドを見ていきます。
社会保険料が決まる仕組みと「定時決定」
まず、社会保険料(健康保険、厚生年金、介護保険)の決まり方を解説しておきましょう。
簡単に言えば4月から6月の給料(残業代、通勤費等込み)を平均して等級表に当てはめて計算します。
それを定時決定(7月に実施)といいます。
基本的にこのとき決まった社会保険が1年使われる形ですね。
ただし、給料改定や昇給などで2等級以上の大きな変動がある場合は「随時改定」があります。
用語 | 内容 | 決定タイミング |
---|---|---|
標準報酬月額 | 等級表に当てはめた月額報酬 | 4〜6月平均を基に7月に算出 |
定時決定 | 標準報酬月額を年1回見直す手続き(算定基礎届) | 毎年 7 月 |
反映月 | 9 月給与計算分から翌年 8 月まで |
支払いベースであることに注意
4月、5月、6月に残業すると損という言葉が回っていますが、実はこれ会社の給料支払ルールによっては違います。
4月、5月、6月に実際に支払われた給料等で算定するからです。
例えば20日締めで月末支払の場合には3月21日〜4月20日までの給料が4月分、4月21日〜5月20日までの給料が5月分、5月21日〜6月20日までの給料が6月分となります。
また、月末締めで翌月10日支払の場合には3月に働いた分が4月分、4月に働いた分が5月分、5月に働いた分が6月分となります。
つまり、会社の給料の締め日のルールによって社会保険の算定に影響してくる期日が違うのです。
前者なら3月21日から6月20日までですし、後者なら3月1日〜5月31日までですね。
このあたりの認識が間違っていると思わぬ損することにもなりかねませんので、会社の給料締め日、支払日ルールは知っておきたいところですね。
特に定時決定を意識して昇給日を考える会社はこのあたりもしっかり認識しておく必要があります。
給料に含まれるもの
社会保険の計算は所得税と大きく違います。
計算の前提が違うんですよ。
社会保険の計算に影響してくる報酬には何が含まれるのかも押さえておきましょう。
残業代はもちろん、通勤費や各種手当て、食事代等の現物給与などを含みます。
通勤費などは会社によっては6ヶ月定期代をまとめて支払うケースもありますが、この場合には6分の1したものを毎月の給料に加算します。
賞与は特殊な場合を除いて含めません。
加入している団体により等級表は異なる
なお、等級表は会社が加入している健康保険の団体によって変わります。
主に組合健保といって会社やグループ企業、同業者団体がやっている健康保険と協会けんぽといって実質的に国が運営している団体があります。(昔は政府管掌健康保険と言いました)
一般的に組合健保の方が多少安くなっているケースが多いですね。
なぜ残業は4〜6月を避けるべきなのか
それでは今回の本題である残業との関係について見ていきましょう。
簡単に言えば残業手当は「報酬」に含まれるため、4〜6月に集中すると標準報酬月額も上昇してしまうからです。
そうなると9月以降の会社・従業員双方の保険料率がその分かさ上げされ、年間コストに直結するのです。
逆に3月以前/7月以降に分散すれば、同じ時間外でも保険料増を抑制することができます。
業種的によっては難しい部分もあるでしょうけどね。
ただし、残業抑制のみを目的に賃金を人為的に削る行為は労基法違反の恐れもあるため、業務設計の見直しと併せて行う必要があります。
従業員は社会保険が安くなったら本当に得なのか?
会社からだけみれば社会保険を下げることは節約になりお得しかありません。
しかし、従業員からみると両面あるので注意が必要です。
たしかに従業員側も毎月天引きされる社会保険を削減することには繋がります。
しかし、社会保険料(厚生年金)が高くなれば将来もらえる年金額(老齢厚生年金)が増えます。
また、遺族厚生年金、傷病手当金、出産手当金、育児休業手当金、など社会保険から支給される様々な手当なども増えることになります。
特に健康保険からでる傷病手当金は怪我や病気をしたときにもらえるものす。
自分がいつ怪我や病気になるかなんてだれにもわかりませんし、下手に残業を減らして調整したばかりにもらえる傷病手当金が減ってしまうということにもなりかねないのです。
ですから社会保険料を安くするために4月から6月の残業を控えるってのは、従業員側からみると絶対得とは言いきれないので注意が必要です。
固定費軽減シュミレーション
それでは平均給与の方が残業を月4万円抑えた場合でどれくらい変わるのかを見てみましょう。
区分 | 4–6 月残業代 | 3 ヵ月平均給与 | 等級(健康保険) | 月額保険料(会社+個人) | 年間増減(会社+個人) |
---|---|---|---|---|---|
A 残業 6 万円/月 | 60,000 円 | 360,000 円 | 25 等級 | 65,880 円 | 87,840円 |
B 残業 2 万円/月 | 20,000 円 | 320,000 円 | 23 等級 | 58,560 円 | (基準) |
※東京都協会けんぽ・厚生年金(2025年4月時点)をもとに試算。健康保険料(介護保険料含む)+厚生年金保険料の会社負担・従業員負担を合算。
4〜6月に月4 万円の残業を抑えるだけで、1人あたり年87,840円の社会保険料軽減となります。(会社負担と本人負担の合計)
従業員の方は毎月3,660円社会保険が減ります。年間だと43,920円ですね。
会社からみれば20名規模なら年間約88万円、100名なら約439万円のキャッシュアウト削減となります。
固定費なので無視できない金額になりますね・・・
※等級は毎年法改正や保険料率改定で微調整されます。最新の「保険料額表」(協会けんぽまたは健康保険組合)で確認してください。
月別節約スケジュール
それでは削減するためにどうしていけばよいのでしょう?
月別の節約スケジュールを提示しておりますので参考にしてください。
月 | 労務・経理担当がやること | 目的 |
---|---|---|
2025年1〜3 月 | 繁忙タスクはこの期間に集約/賞与枠を検討 | 4〜6月の残業・固定給UPを前倒し |
4〜6 月 | 業務平準化、変形労働時間制の活用、在宅勤務徹底 | 標準報酬月額上昇を抑える |
7 月 | 算定基礎届の内容確認・誤り修正 昇給は7月以降 | 不要な等級UPを防ぐ |
9 月 | 新保険料率を社内周知、シミュレーション再計算 | キャッシュフロー把握 |
10〜12 月 | 来期の組織・給与改定を企画 | 2026年以降の賃金政策とリンク |
2026年1〜3 月 | バックログ対応、期末商戦で残業集中も可 | 2026年度の定時決定に影響しない |
4〜6 月 | DX化・RPA、AI導入で恒常的な残業削減 | 中長期的なコスト最適化 |
ちなみに2026年4月以降、「電子算定基礎届」完全義務化が検討中。
給与システムとのAPI連携を早めに準備するとヒューマンエラーを削減することができます。
節約とコンプライアンスの両立ポイント
賃金カットや見かけ上の残業抑制は、不利益変更・偽装請負と判断されれば行政指導や労使トラブルに発展しかねません。
前述のように従業員にとっては給付額・年金額が下がるデメリットもあります。
目的は「働き方の平準化」と位置付け、DX・業務改善で残業そのものを慢性化させないアプローチが結果として社会保険料削減につながるでしょう。
まとめ
今回は「社会保険料は4–6月の残業で決まる! 2026年までに企業ができる節約スケジュールと実践ガイド」と題して社会保険の決まり方と残業の話をみてきました。
4〜6月の給与設計を戦略的にコントロールすることは、1年間固定費を下げる最短ルートです。
とはいえ、単に残業を止めるだけでは生産性を落としかねません。
業務設計・DX・制度活用の三位一体で、2026年以降も続く「人件費インフレ時代」を乗り切りましょう。
